読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まえしまのブログ

自己満足ですのでお構いなく。

「好き」無敵論

「好きなことで、生きていく」

だいぶ前ではあるが、このフレーズを聞いたことがある人は多いのではないか。動画配信サイト「YouTube」の広告動画のタイトルである。テレビCMでも放映されていたような記憶がある。YouTuberと呼ばれる、動画を投稿して広告収入を得る人たち。その人たちは「好きなことで、生きている」というのだ。

この言葉を聞いて、私は当初、あまりいいイメージを抱かなかった。「そんなの、一握りの人たちだけだろ。」「おれが好きなことで生きようとしたら、とたんにのたれ死んでしまう。」「いいな好きなことで生きていけて。」そんな風に思った。もちろんYouTuberが嫌いなわけではないが、あの言葉はとても無責任な気がした。あの言葉が、もう少し長くて、たとえばこんな感じだったら、少しは納得したかもしれない。「好きなことで、生きていく。残業なし。夜勤なし。みんないい人。休みしっかり。福利厚生ばっちり。給料どっさり。ボーナス文句なし。」いや、やりすぎか。ありえない。そんな夢みたいな職場はありえない。好きなことで生きていこうとすると、様々なことが立ちふさがる。その様々は人によって違うが、結局は、どこで妥協するか、なのだ。なぜこんな話をしたかと言うと、「好き」を仕事にしてお金を稼ごうとすることが、今の世の中では困難なこと、稀なことという認識があるのではないかと考えたからだ。いやあ、世知辛え。しかし冒頭の言葉は、本質をとらえていると思う。最後にもう一度考えてみることとする。

 

さて、本題に移ろう。「好き」無敵論と書いた。「論」というからには、それなりに論じなければならない。好きとは何か、無敵とは何か、なぜ「好き」は無敵なのか。この3本立てでいこうと思う。

まず、好きとは何か。いやいきなりムズっ。自分で言っといてなんだがムズっ。学生の頃、好きな人がいてもなかなかアプローチできず、恋人ができなかった私は、飲み会の席で度々この手の話題を出した。「好きって、なんだろうな。」答えは出ないが、よい酒のつまみになったことは確かだ。異性に限ったことではあるが、好きは人それぞれだった。見ているだけで十分とか、どうしても自分のものにしたいとか。異性の話を例に出したが、なにも好きは、人に対してのものだけではない。目に見えないもの、例えば体を動かすこととか、音楽とか、季節の移ろいとか、考え出したら止まらないほどたくさんのものに好きは向けられる。そして好きという気持ち自体も、形のないものだ。言葉や、音楽や、絵など、たくさんのもので好きを形にはできる。しかし、好きという心の中の気持ちは、目に見えないものである。さらに、好きは、自分だけが感じることができる。誰かに侵されることなく、自分だけの気持ちとして持つことができる。これに関しては人間の持つ感情というもの自体の特性のように思うが、特に好きはその傾向が強い。まとめておこう。私なりの好きは、「人それぞれで、形がなく、主観的なもの」である。

次に、無敵とは何か。これまたムズい。無敵と聞いてイメージするのは、スーパーマン。あとは、マリオがスターをとったときの無敵状態。軽快な音楽とともに体を虹色に輝かせ、敵をなぎ倒していくあの状態。もう少し真剣に考えてみよう。人間が、どうしても逆らえないものがある。それは、自然の摂理と、生物としてのヒトの本能だと思う。どんなに人間が頑張っても自然災害は起こるし、時間や距離には勝てない。悲しくてもお腹は減るし、楽しくても眠くなる。恋人がいたとしても露出の多い女性には目が行ってしまう。(これに関しては許してほしい。)つまりこれらに勝てたら、これらを越えていけたら、無敵ではなかろうか。敵が何かはよくわからないままだが、とにかく無敵ではなかろうか。「自然の摂理、ヒトの本能を越えていくこと。」そういう事にしておこう。

では最後になぜ「好き」は無敵なのか。ここまでの理論で行けば、好きは「人それぞれで、形がなく、主観的なもの」で、それが「自然の摂理、ヒトの本能を越えていく」ということになる。まあこれは絶対ではなくて、そういうこともある、ぐらいで考えておけばいいと思うのだけれど。例を挙げてみよう。遠距離恋愛である。進学や就職を機に、物理的な距離が離れてしまったふたり。今までのように、頻繁に会うことはできない。どこからを遠距離と呼ぶのか知らないが、それは関東と東海とか関東と関西とかにしておこう。会えて、週に1回。下手すると1か月に1回。二人の間に「距離」、そして「会いに行くための時間」という、人間が逆らえないものが立ちふさがる。しかしそれでも、ふたりは交際を続ける。なぜか。好きだからである。この世に光よりも速いものがあるとすれば、それは人の気持ちである。その中でも好きは飛び抜けて速い。ふたりがお互いを好きでいれば、それを伝え合っていれば、関係は続く。このとき、「好き」は無敵だ。もうひとつ例を挙げよう。夢を追う売れないバンドマンだ。音楽での収入はほとんどなく、アルバイトを掛け持ちして何とか生計を立てている。親には「はやく就職しろ」とうるさく言われ、恋人には愛想を尽かされ振られてしまった。4畳半の暗い部屋の硬い布団で今日も眠る。いつか輝くステージに立つその日を夢見て・・・。少し妄想が過ぎたが、彼は音楽が好きなのだ。何よりも、誰よりも音楽が好きなのだ。だから、世間の目も、親も、恋人も関係ない。彼の「好き」はそれらを越えている。とてもかっこいい。いつか成功してほしい。そしてライブを見に行きたい。彼の、音楽が好きだという気持ちは無敵だ。

 

さて、こんなところにしておこう。十分自己満足した。冒頭の言葉をもう一度考えてみる。「好きなことで、生きていく。」正しいと思うが、やはり、言葉足らずのように感じる。こう付け足したらどうだろうか。

「好きなことで、生きていく。たくさんのものが立ちふさがるが、それらを越えていける無敵の『好き』を心に持って生きていく。」