まえしまのブログ

死にゃあせん。©︎母上

年末年始に身を潜めていた物欲が暴れ出した

こんにちは!!!

長野県出身横浜市在住、24歳会社員のWANIMAです!!!

ドゥルドゥンッッ(ドラム)

ジャーーーーーーーーーーン!!!!(ギター)

 

 

 

はい。前島がお送りしておりますごきげんよう

 

あの〜さ、ネットショッピングって楽しいよね。今日はそういう話。スマホと電波さえあれば、画面の向こうには数多のお店が並び、気軽に見れてタップ一つでなんでも買える。平日でも休日でも、早朝でも深夜でも。たとえそこが職場でも、布団の中でも、駅のトイレの便座の上でも。電波さえ、あれば。たまにようわからんカフェとかコンビニのWi-Fi拾ってしまってパニクるけどね。まあほんと、素晴らしい時代だよね。

 

でも、特に服なんかは、ネットで買うよりも実際見にいった方がいいと思う。当たり前だけど。目で見て触って、必要があれば試してみて、そして自分で納得して買ったほうが後で後悔しないに決まってる。待ち時間ゼロで現物がすぐに手に入るし、写真では気づかなかったことを知ることもできる。目当ての商品以外でも気になるものが見つかるかもしれない。迷って悩んで財布と相談して、購入した後ワクワクしながら家まで持ち帰り、自分のものにしていくという一連の行為の満足感や幸福感は、買い物の醍醐味とも言えるだろう。足動かして五感使って、満足のいくものを追い求める。まさに貫く生き様ストロングスタイル。

 

しかしだ。スマホがもはや臓器と化し、家から、むしろ布団の中から出たくない我々現代人にとって、ネットショッピングの便利さはもはや手放せないものとなっている。これを読んでくれているあなたはどれくらいの頻度でネットショッピングを利用しているだろうか。買いだめが面倒な日用品までネットで済ませているだろうか。遠くて買いに行けない、もしくは店舗で売っていないものに限り利用しているだろうか。どうだろうか。手数料が掛からないし一番楽だからとクレジットカードで支払いを済ましてばかりいると、請求額が怖くなるのはおれだけだろうか。

 

さて、ボーナス月であった12月に使った分の請求額が、1月末に口座から引き落とされた。金額は伏せるが、いつもより多かったのは言うまでもない。申し訳程度のボーナスでも、日本の経済を回したことにおれは誇りを持っている。後悔はない。

 

クレジットカードというシステムはだいたい、1ヶ月後にようやく目に見える形でお金が減るので、貧乏性のおれとしてはあまり大きな額をドカンと引かれたくはない。いつもより多く1月末に減るとわかっていたので、年末年始はほとんど買い物をしなかった。しかし、決して欲しい物がなくなったわけではない。「欲しいな、でも買うのは今じゃない…」

 

そう、言わば物欲は年末年始、身を潜めていたのである。水面下で、しかし着実に力を蓄えながら。禁じられると知らぬ間に膨れ上がり手に負えないものになってしまう。欲とはそういうものだ。

 

そして今週、おれはついに暴れ出した物欲を解放した。均衡は崩れた。引き落とし後の口座残高のある程度のめどがついた段階で、物欲は今にも飛び出しそうなクラウチング姿勢をとっていたのだ。もう限界、自分で買えこのクソ野郎と、おれはおれ自身の物欲に突き動かされた。

 

おれがネットで買い物をする時はいつも、週の半ばあたりに購入して週末には届くようにしている。土曜の午前、いつもなら惰眠を貪っている時間にチャイムが鳴るのだ。寝起きオブ寝起きでフラフラと玄関まで行きサインをして品物を受け取る。血の回らない頭でぼんやりと、ゆっくりと幸せを噛みしめる。楽しみにしていたブツが届いたのだ。もう眠くなんかない。果たして二度寝をしている暇などあるだろうか。いや、ない。開封だ、開封の儀だ。ダンちゃんはどこだ。

 

ということで、今週ネット購入したのは、服2点、バッグ2点、そして、観覧車とスカイツリー。服2点は、セールで半額になっていたニットとパーカー。ZOZOTOWNさんありがとう。バッグ2点は旅行バッグと通勤バッグ。前から買い替えたかった。それぞれについてどうして買ったか、どういうところが決め手になったのか等の経緯を語り出すと止まらなくなるので自重するが、満足のいくものが届いた。

 

お察しかもしれないが、観覧車とスカイツリーというのは模型だ。観覧車は全高450mm、スカイツリーは634mmだ。なかなかの規模の建築工事になる。部屋に飾りたいというのと、単純に細かい部品とかを組み上げるのが好きだから買った。

 

さて。これで暴れ出した物欲も鎮静化されたかと思いきや、物欲というのは恐ろしきかな、底もてっぺんもありゃしない。もう最近、欲しいが止まらない。カメラが欲しい、イヤホンが欲しい、時計が欲しい、アコギが欲しい、もっともっと服が欲しい。ついでに優しさと癒しと温もりが欲しい。ついでについでに、いつか素敵な家庭を築きたい。子供は最低2人欲しい。…ん?あれ?ちょっとまて、方向性がおかしくなってきた。

 

暴れる物欲に限度はないように思うが、残念お金は有限。自分が稼いだお金を自分でやりくりして自分の欲しいものに使えることは、当たり前だが幸せなことではないだろうか。守るべきものも、ともに生きていく誰かもいない、おひとりさまの今こそ限界まで自分の好きなようやれるではないか。いや強がりじゃなくて。だって勤労も納税もちゃんとしる。自由にやらせてくれ。つまるところ、おれは買い物が好きだ。たとえ日用品とかの些細なものでも悩む時はバカほど悩む。無駄に種類を増やすな、サイズを増やすな、色を増やすな。この面倒くさい生き物、別名を優柔不断という。

 

欲しいものを手持ちのものと比べて、値段以外のことをたくさん知って、値段の理由を理解して、ああだこうだと悩む時間、それこそ楽しい。買った後どう使うかとか、それによって新たに欲しいものができたり、いらないものが出てきたり。いらないものを整理して断捨離、これまた楽しい。優柔不断なくせに断捨離が好き。意味不明である。

 

なんにせよ、今のおれは貯金なんてナンセンス、買い物で経済回してくスタンス。未来の備えなんて必要ない。今日、今ここに、おれがいて、生きていて、心と体、脳みそがあれば十分。なぜなら…

 

今日現在(いま)を最高値で通過してくから…

 

明日には全く憶えていなくたっていいから…

 

いいから…

 

いいから気持ちよくするから…

 

以上、WANIMAでした。

 

※出演アーティスト

ヤバイTシャツ屋さん

KREVA

キュウソネコカミ

打首獄門同好会

ELLEGARDEN

東京事変

WANIMA

iTunes移行覚え書き

WindowsからMacへの音楽データ移行において

AppleMusicでダウンロードしたもの +既存の音楽(CDから取り込んだもの・iTunesで購入したもの)を一緒に移行して、iPhoneに同期した。

 

理解して移行して同期がちゃんと終わるまで時間がかかった。せっかくもらえた休みを使って半日以上かかってしまった。最短のやり方ではなかっただろう。今後、また移行することがあった時のために、どのようにやったのかを整理しておく。

 

苦戦した理由。

iCloudと結びついていてよくわからない。

iPhoneの容量がいっぱいなのでチェックマークのある音楽だけを同期したい。

iTunesで購入した音楽がどっかに行ってしまった。

iPhoneの同期がうまくいかない。チェックマークのない曲が同期されたり、同期が終わらなかったり。

 

WindowsMaciPhoneも、最新のものでは無いのでもっさりと時間がかかった。

イライラ癇癪と戦いながら、それでも音楽が好きだから、今まで通り聞きたいから頑張った。

 

さてどうやったのか書いていこう。

 

これ以降、音楽データを4種類に分けて話をしていく。

①CDから取り込んだもの AppleMusicでもダウンロード可。

②CDから取り込んだもの AppleMusicでダウンロード不可。

③AppleMusicでダウンロードしたもの。

iTunesでダウンロード(購入)したもの。

 

まずは元のWindowsにある音楽データを外付けのHDDにコピーしてMacに移行する準備をした。詳細は以下記事参照。

iTunesのライブラリのデータをWindowsからMacへ、またはMacからWindowsへ移行する方法 | AppBank – iPhone, スマホのたのしみを見つけよう

Macは初期化しておいたのでiTunesを起動したらアカウント登録的なものを求められた。サインインするとなんということか、今までのミュージックデータが自動的にライブラリに追加されていくではないか。なんだ、コピーする必要なかったのか?と思ったのも束の間、よく確認すると灰色で再生できないものがある。おそらくiCloudから復元したのだが②は再生できない、という状態。つまりコピーが必要になる。

 

ここで我思う、このままコピーしたものをライブラリに追加したら、同じ曲名のものがたくさん出来てしまうのでは?ならば一度Apple Music以外のものを全て削除してからHDDにあるデータを移行しなければ。

 

ということでApple Music以外のものを削除してから、リンク記事にあるように移行した。そしてApple Musicでダウンロードした音源(雲マーク表示)もMaciTunesにダウンロードした。

 

容量を抑えるため、いらない聞かない音楽はチェックマークを外した。

iPhoneの設定→music→iCloudをオフにしてMacと同期。

 

ここで問題が。いつまで経っても同期が終わらない。

ググると、iPhoneiTunesのソフトウェアが最新でないとそういうことが起こるらしい。アップデートしたくなかったが仕方ない。iPhoneのソフトウェアをアップデートした。

 

アップデート終了、もう一度同期試みる。

ここでミュージックの「音楽を同期」にチェックマークを入れていなかったことに気づく。

 

ミュージックの「全ての音楽を同期」にチェック、

概要の「チェックマークのある音楽とビデオだけを同期」にチェック

もう一度同期。今度はちゃんと終わった。

 

しかし。

なんだかおかしい。うまくいかない。チェックマークの無い音楽が堂々と居座っているし、最近追加した項目はぐちゃぐちゃ。プレイリストもMaciTunesと同期されていない。くそ、一回iPhoneミュージックデータ全削除したろ。

 

iPhoneミュージックデータ全削除。

再起動して再度同期試みると、チェックマークのある曲だけ同期できた。

 

④については、Windowsの元のiTunesにデータがあれば移行は問題ない。iPhoneで購入して同期していないものはiCloudにあるので再度ダウンロードすれば良い。誤って削除してしまってものがあったが、iTunesのストア→アカウント→iTunes in the Cloud→非表示の購入済みのアイテム→管理 から表示にしてダウンロードできた。

 

iPhoneの設定からiCloudをオンに。AppleMusicでダウンロードしたもの、MaciTunesにあるプレイリストが同期された。

 

最終的には、iCloudをオンにしてMac上のiTunesと繋がっている状態になるので、①のチェックマークの無い曲はiCloud上にあるということになりiPhone上では雲マークが付いている。なのでストリーミング的に聞くことができる。ダウンロードもできる。チェックのない曲をiPhoneに表示したくない場合は削除するしかないが、その場合MaciTunesからも消えてしまう。チェックマークが無い②は灰色表示になる。当たり前だが聞くことはできない。③は一度iCloudを解除するので全て雲マークになる。そのままでもストリーミング的に聞くことできるが、もう一度ダウンロードが必要。厄介のなのが④で、元のWindowsで購入したのか、iPhoneで購入したのか、それを一度iTunesで同期しているのか否かによって移行できなかったり表示がおかしくなったり(二重になったり)する。また、購入やApple Musicと関係ない曲が同じ曲名で雲マークが付いたものが表示されることがありiPhone側で一つ一つ消す作業をした。

 

移行完了後のiPhoneのミュージックアプリの状態としては、

最近追加した項目はぐちゃぐちゃ。脈絡なく、チェックの有無関わらずアルバムが並ぶ。プレイリストは自分で作ったものも含めApple Musicでダウンロードしたものしか残らないため実質作り直し&ダウンロードし直し。ミュージックアプリ内の音楽データ自体は元と同じ。iPhoneの音楽の容量を抑えながらもチェックマークの無い曲も(Apple Musicにデータがあれば)聞くことができるが、全部追加し直したので「最近追加した項目」がぐちゃぐちゃなのは辛い。また、本当に聞かないアーティストや曲も表示される。削除すればいい話だが、友達にもらった音源なんかもあったりもったいなかったりいつか聞くかもしれないなんて思ったりしてなかなスパッとは消せない。

 

はあ。とにかくめんどくさかった!!!

プレイリストまた今度作り直そう…

英詞の和訳風に作詞した

僕が聞いてる音楽をバカにするな

構うなほっといてくれ

僕はこういうのが好きなんだ

 .

話す言葉や食べるもの

着てる服や好みの異性だって

だいたい似たようなもんだろう

大きなくくりじゃ同じだろう

 .

だからこうして一緒に居られる

だからこうして笑って居られる

 .

でもさ 最近気づいたんだ

 .

君とは違う どうやら違う

僕の好きな音楽は君とは違う

.

それでいいんだぜ最高だぜって

僕の好きな音楽は歌ってるぜ

君のはどうだい?

 .

 .

負の感情を口に出さないでくれ

黙ってどっかに行ってくれ

僕はそういうのだけは嫌なんだ

 .

うまくいかないことや辛いこと

不安や妬みや後悔も

 .

たいがい実体なんてないだろう

オバケみたいなもんだろう

 .

だからケラケラ笑っていよう

好きなことだけ考えていよう

 .

でもさ そんな簡単な話じゃないんだ

 .

やっぱり悩む 僕らは悩む

些細なことでバカみたいに悩む

.

それでいいんだぜ最高だぜって

僕の好きな音楽は歌ってるぜ

君のはどうだい?

そういうイケメンに、私はなりたい。

 

 雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ

 

白米と味噌汁と日本酒を愛し

 

また自然と、命あるものに感謝し

 

健全な精神を宿した健康な体で

 

爽やかさと男臭さを合わせ持ち

 

色気と優しさとユーモアと

 

決断力と行動力があり

 

さりげなく気が利いて

 

人をほめるのが上手く

 

褒められたら謙遜より先にお礼を言う

 

自分を否定するものから遠ざかろうともせず

 

かといってあえて戦おうともせず

 

自らの感情、本能、理性の操り方を知り

 

他人の心情を理解する限界を悟りそれでもなお

 

理解したいと切に願い

 

素直にそして誠実でいることを忘れず

 

あらゆる責任と義務から逃げず

 

決して威張らず、媚びず驕らず

 

群れず依存せず孤立せず

 

賢いけれどバカになれる

 

バカだけれど大人になれる

 

 

そういうイケメンに、私はなりたい。

同い年の有名人、集めてみました。(1993/4/1-1994/3/31)

本日、わたくし前島凌、24歳になりました。干支2周目の旅を無事終えて、3周目が始まりました。おかげさまですありがとう。

こちら、今年の年男&年女です。
全員タメです。同い年です。

 

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誕生日にあげるために必死こいて集めてたのは秘密です。いいんです。自己満なんです。

 

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探したらおれが知ってる人は全部で50人近くいたんだけど、前島チョイスで選抜しました。全員名前言えるかな?

 

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遠い世界の芸能人、才能溢れるアスリート、もちろんおれの周りの愉快で楽しい同い年も。93年生まれ、平成生まれのゆとり世代、社会の荒波にもまれながら頑張ってる。日なたでも隅っこでも、眩しくても鈍くても、みんなちゃんと生きてる輝いてる。だからおれも頑張れる。

ハッピーバースデーおれ!
干支3周目、張り切っていってみよー!

住野よる「君の膵臓をたべたい」レビュー

インパクトのあるタイトルだと思った。そしてタイトルと冒頭から、おおかたストーリーの予想はついた。だから映画化と聞くまでは気になっていたけど読まなかった。読みかけの小説もあったし。でも買った。そして読んだ。映画化と聞いてなんとなく気になったからだ。あんまり大きな動機はない。読書ってそんなもんでいいと思う。小難しい本を読む必要はない。小説でもエッセイでも、なんでもいい。気になった本を好きなとこまで読む。たまたま最後まで読めたら、まあ読めなくても、それだけで自分の世界が豊かになる。

今回、この小説を読んで、いくつか感じたことがあったし、自分なりの言葉で紡げそうな気がするので、キーボードに手を伸ばした次第だ。ここから先は、盛大なネタバレというか、結末と核心にガンガン触れていくので、閲覧注意&自己責任とさせていただきたい。

 

【以下閲覧注意・ネタバレあり】

※読みたい人はスクロール

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ここまでスクロールしてくれた人、ありがとう。君の膵臓をたべたい。目次は以下だ。

⓪ストーリー要約

①タイトルの意味と解釈について

②主人公の名前を伏せる意味と、鳥肌が立った一文

③彼女の死因について

④突っ込みどころ

⑤さいごに

 

⓪根暗で自分の殻に閉じこもっている主人公と、対称的に社交的で陽気なヒロインとの心の触れあいを描いた爽やかな小説。高校生ながら、膵臓に大病を患った彼女の余命はわずかである。よくあるお涙頂戴の設定だろうか。高校生と言う青さ、どこまでも冷静な主人公と、どこまでも明るく快活なヒロイン。このまま、二人の成り行きを見守っていたいと思わせる。ところが、主人公が「この気持ちはなんだ」と少し考え気づき始めたところで彼女は死んでしまう。彼女は病によって死んだのではない。誰にでも起こりうる理不尽な死が、彼女の命を奪った。彼が、そして彼女が、お互いに送りあった最後の言葉。それが「君の膵臓を食べたい」である。心が通っていたこと。繋がっていたこと。届いていたこと。彼はそこで、初めて感情を爆発させる。彼女と過ごしたことで彼は少しずつ変わり始める。他人との関わりから逃げないようになる。「もう、怖いとは思わなかった。」この一文で物語は締めくくられる。もし、自分の命が、1年後、いや半年後、1か月後、1週間後、もしくは、明日。終わるとわかっていたら、私たちは今日をどう生きるべきか。私たちに大きな疑問を投げかけ、大切なことはなにか考えさせられる小説だった。

 

ここからは、私なりの解釈を書いていくので、何卒ご了承いただきたい。

①「君の膵臓をたべたい」、改めてインパクトのあるタイトルだ。どういう意味かは、冒頭で出てくる。主人公とヒロインの何気ない会話のひとつとして出てくる。しかしこの言葉が、すべて読み終わった後、違った意味でとらえられる。日本語を日本語で翻訳するというのもおかしな話だが、訳すならば、「君になりたい」「君が好きだ」「愛している」となるのではないだろうか。最後のは意訳すぎるかな。冒頭では会話の種、冗談のひとつとして出てきた何気ない言葉が、読み進めていくうち、ずっと伏線として読み手の中に残り、読み終えた後に特別な意味を持たせる。『読後、きっとこのタイトルに涙する』。帯には、映画化!の文字とともにこの一文があったが、まんまとやられた。涙まではいかなかったが、心を揺さぶられた。二人をつなぐ言葉として、二人の関係性を表す言葉として、この言葉が使われたのだ。「好きだよ」でも、「ずっと一緒に居て」でも、「死なないで」でもなく。ありふれた言葉ではなく。二人だけが知っている、二人だから分かり合える言葉。それが、「君の膵臓をたべたい」だ。

②読み始めるとすぐに、主人公の名前が意図的に伏せられていることに気づく。というか違和感を覚えた。そこにいる周りの人間との関係性によって、【大人しいクラスメイト】だったり、【仲のいいクラスメイト】だったり、【地味なクラスメイト】だったりする。もしかしたら、普通の小説とは違ったクセのある表現に、戸惑ってしまう人もいるのではないかと思った。明らかに意図的だ。そして、彼の名前は彼女の死後まで決して明かされない。主人公の男子高校生は、友達がおらず、根暗で、自分の殻に閉じこもっている。人との関わりを楽しめない、もしくは頑なに拒んでいるような性格だ。そんな主人公に、すべてとはいかなくとも、共感する人は必ずいるはずだ。悪目立ちせず、注目を浴びず、誰にも迷惑をかけず生きていきたい。主人公に、読み手は皆、程度はそれぞれだろうが、自分を重ね合わせてしまう。作者は、この主人公が決してヒロインの名前を呼ばなかったように、名前を明かすことで主人公を読み手の中の誰かにしたくなかったのではないだろうか。あるいは、周りの人間との関係性でしかその人を見れなくなっている我々に、皮肉の意味も込めているのかもしれない。小説の中には、いくつもの強い言葉、核心をついた言葉が出てきて、挙げ出すときりがないが、私がこの小説で唯一、意味を悟って鳥肌が立った一文がある。彼女の遺書の中に出てくる、「桜が、春を待っているみたいに。」という一文だ。彼女の名前は桜良(さくら)、主人公の名前は春樹(はるき)である。二人は逢うべくして出会った。自ら選んで出会った。彼女を名前で呼ばなかった主人公と、彼を名前で呼べなかった我々。名前が持つ大きな意味を最後に突き付けられ、ただただ鳥肌が止まらなかった。

③彼女は膵臓に病を患っている。余命はわずかだ。家族と、主人公と、読者を除いて、その事実を知る者はいない。それを思わせない変わらぬ振る舞い。周囲との関わりでしか自分を見つけられない。それが彼女にとっての生きることだったから。このヒロインにも多少共感するところはあるかもしれない。自分の命の終わりを知っているというだけで、こんなにも強くなれるものかと思った。ところが、彼女の命は、病によってではなく、無情にも、唐突にも、皮肉にも、「なぜよりによって彼女が…」と思わせるような終わり方をする。彼女が死んでしまう少し前の二人の会話で、「もしかしたら、彼女は膵臓で死ぬんじゃないのかも…」と勘ぐってしまった私の悪い予感は当たった。病ではなく、人の手によって彼女の命は奪われた。私は、憎しみを生むような死に方にしたのはなぜだろうと思った。憎しみは、時に人を狂わせ、大事なものを見失わせるやっかいな感情だ。家族が、友達が、彼女に関わる全ての人が、突然命を奪った犯人に怒りそして憎しみ、身を捨てて攻撃の対象とするのは至極当たり前のことだ。膵臓の病ではない、他の何かでよかったのではないか。例えば不慮の事故とか災害とか。でも待てよ、何か意図があるのかも…。そして気づいた。犯人についての記述はわずかで、憎しみや制裁といった部分には触れられていないことに。深読みしすぎと言われればそれまでだが、この彼女の死因は、「命の終わりはいつ来るかわからない。たとえそれが理不尽な終わり方でも、大事なものを見失うな。」と訴えかけているように感じた。

④さて、とても感動したし、買ってよかった、読んでよかったと思えたが、あくまでフィクションだから、突っ込みどころはいくらでもある。まず、年頃で同年代の女の子に冷静に突っ込んだり、ひねくれた返しをできたりする時点で、彼に友達が一人もいないのは少し設定としてはできすぎている。彼が友達という言葉で他人を見ていないのもあるかもしれないが、あまりに孤高すぎる。まあフィクションとしてはこれくらいがいいのかもしれないが。あとは、理性がでかすぎる。とてつもないでかい理性を持っている。そんな高校生なかなかいないぞと。もっと高校生って馬鹿だし、なんも考えてないぞと。部活とゲームと飯とエロでできてるぞ男子高校生なんて。って、思っちゃったよね。俺だけ?そして、彼女についても。余命が分かっていて、この若さで死と向き合うって、並大抵の精神力じゃない。強靭すぎる。友達に言わず、いつもと同じように振る舞うのが、どれだけつらいか。彼女とは全く違うけど、「死」とうものに本気で向き合ったことがある私から言わせれば、彼女もできすぎだ。そして遺書。あれはずるい。ほんとうにずるい。普段本を読まない女子高生があんな文章が書けるだろうか。死というものは、そんなにも人を強くさせるのだろうか。手書きの文庫として残しているというのも、ちょっと現代的ではないかなと。まあ、これらの突っ込みは、「フィクションだから」と言う言葉ですべて片付く。

⑤でも、フィクションだからこそ、誰も傷つけず学ぶことができる。知ることができる。大事なことは何だろうと、自分の心が答えを探し続けてくれる。フィクションでも、フィクションだから、人は感動できる。成長できる。大事なことに気づくことができる。だからヒロインのように、自分の気持ちを残しておこう。できれば自分の言葉で、自分の字で。日記を書こう。それはとらえようによっては遺書になる。命が大事だ。自分が大事だ。自分の心を見てくれる人が大事だ。見失わないように、なくさないように。落としても、また拾い集められるように。いつ終わるかわからない命を、大切に、丁寧に、時に大胆不敵に、時に後先考えず、時に理性と本能を戦わせて。生きよう。死ぬまで、生きよう。

男女間の友情は成立するかという不毛な議論におれが終止符を打つ

理系「いいか、男女間の友情は成立しない。そもそも男女間に友情なんてものは存在しない。人間には生物としての本能がある。男と女は別々の生き物ととらえたほうがいい。理性があるから分かり合えるが、それなしでは子孫を残すために手段を選ばないはずだ。男はなぜ浮気や不倫をするのか。それは本能に忠実だからだ。理性のさじ加減を誤っているというだけで。女性と接したとき、男は本能的に、反射的に、自分のパートナーとしてふさわしいか判断してしまう。潜在的か意識的かは各々異なるだろうが。セックスという行為は、男にとってはゴールで、女にとってはスタートなんだ。ヒトは頭がいいから、理性で物事を判断して制御できるが、結局は本能には逆らえない。男女間に芽生えるのは友情ではなく愛情だ。そしてそれは、新しく授かった命に受け継がれていく。愛情と友情をはき違えてはいけない。

 

文系「いやいや、男女間の友情は成立する。お互いに恋人やパートナーがいて、それでも会いたいと思う仲がある。性別を超えて、本心で話せる相手がいる。子孫を残すなんて大きな目的ではなく、誰かと心で繋がっていたいと望むのも人間の本能ではないのか。小さいころからの付き合いの同年代をを幼馴染というが、ドラマや映画でもない限り、それは美男美女ではないし、異性として意識することもないだろう。つまりそういう関係もある。仮に、それまで友達だった人を好きになったとする。異性として意識したとする。それは愛情かもしれない。しかし、友情とも呼べる。好きだと伝えても、関係が変わることなく続いていくのならば。思いを受け取った側が、決してその人に逃げないのならば。双方が、それでも友達でいたいと思うのならば。それは友情ではないのか。愛情と友情は紙一重だ。

 

おれ「よし、おれが終止符を打とう。まず、ここにある真実は男と女という事のみ。友情の解釈は各々違って当然なのだから、成立もクソもない。愛情と友情は大きく違うと言えば違うし、紙一重といえば紙一重。友情と愛情をどこまでと定義し線引きするのか。それが重要だが、所詮言葉の持つ力など、ヒトの本能には敵わない。果たして、定期的に会い、くだらないことを気兼ねなく話せる仲に生じるのが友情か。距離が離れていても、会える時間が無くても、心で繋がっている仲に生じるものか。触れ合い、絡み合い、隣で眠る仲に生じるのか。世の多くの人は、そんなことを考えずともわかっている。二つの感情は流動的かつ多様に移り変わり、また重なり合っている。明確な線引きなどありはしない。本質は、男女それぞれが、それらをどこでどう自覚するかということだ。その自覚した感情が、相手の感情や価値観と一致していれば、愛情もしくは友情となるのだろう。言葉で表現すればそういう事になるのだが、実際そこまで簡単にいかないのが人間の面白く、切なく、複雑なところではないか。悩んで考えて、正直になったり嘘をついたり、傷つけたり傷ついたり、自分を嫌いになったり好きになったりしながら生きていく。大事なのは、男女間に友情が成立しようがしまいが、相手の心をしっかりと見つめることだ。何を考えているのか、どう思っているのか。それを分かり合って、共に生きていくのだろう。言葉で何もかも決められるわけではない。心が、本当のことを知っている。」